サリーのきもち。

29歳独女サラリーマンの、日々のうんぬん。

今回は、グラファシブログから、村上春樹まで飛んだ、そんな雑記。

はじめて、たくさんの方に読んで頂けました(*´ω`*)

先日、1日数アクセスしかない当弱小ブログに、

突然多くの方にご訪問いただいた。

 

アクセス先はこちら 

sally-no-kimochi.hateblo.jp

 

きっかけは、

講師をしていらっしゃった山田夏子さんに、

受講の翌日、お礼のメッセンジャーをお送りし、

そこに、この記事のリンクも載せておいたことがはじまり。

 

ブログを読んでくださった山田さんが、

すすすすすごい!! ブログ見て、びっっっくりしました。

昨日の体験をここまで、表現できる言語表現力に感服です!

 

マジ、、、度肝抜きました! あああありがとうございます!

いやいや! 本当にびっくりした!

 

と感嘆してくださり、

彼女のFacebooktwitter、公式HPでまで、

私のブログをご紹介してくださった。

www.facebook.com

 

こんなに嬉しいことはないである。(*´ω`*)

 

 

 

「他者に伝わる」という感動

山田さんは、

「自分が伝えたいと思っていることが、伝わっている!!!」

って思ってくださって、

喜んでくださったわけで、

私は、この体験をまたひとつできたわけだ。

この体験↓

sally-no-kimochi.hateblo.jp

 

たとえ、伝わった内容が、些細なことだったとしても、

この感動って、すごく大きい。

今回は、さらに

山田さんにとっては、彼女が生活のほとんどを注いで

打ち込んでいらっしゃるテーマについて、だったので、

さらに喜んでいただけたのかな、と思う。

 

 

「人と人がわかりあう」

グラファシも、非常に工夫された、その手法、ツールのひとつだ。

人は、わかりあうという活動に、

日々日々、とても苦労している。

 

人は、結局のところ、

ベースが孤独なんだなと思う。

 

 

孤独感ってやつ。

どうしてみんなこれほどまで孤独にならなくてはならないのだろう、ぼくはそう思った。

どうしてそんなに孤独になる必要があるのだ。

これだけ多くの人々がこの世界に生きていて、

それぞれに他者の中になにかを求めあっていて、

なのになぜ我々はここまで弧絶しなくてはならないのだ。

何のために?
この惑星は人々の寂寥を滋養として回転をつづけているのか。

 
引用元:

スプートニクの恋人 (講談社文庫)
 

 

地球は、人に少しでも寂しさを感じたら自分に引っ張りつけて、

そうして重力が働いて

だから寂しくない人なんていなくて

完全に寂しくない人は、この惑星の滋養にならないから、

ふわふわ飛んでっちゃうのかもしれないね。例えば天国とかに。

(ハタチの時にサリーが書いた返歌)

 

 

*** 

 

すべての人の使命として、

孤独感っていう、

得体のしれない化物と、闘いながら生きている。

 

物体として、自分は他者とは切り離された個体で、

どんなに言葉を尽くしても、100%理解をしあうなんて不可能で、

 

だから、ちょっとでもそのパーセンテージが上がれば幸せを感じ、

 

「孤独」があるから、「幸せ」がある。

 

 

だから私は、グラファシみたいな、相互理解にも繋がるアプローチって

すごく意味があると思うし、

自分自身、理解力に長けることを目指したいと思う。

 

子供のころ

「人の気持ちを考えて行動しましょう」

って、当たり前のように習うけど、

これって実は、すごく難しいことを言ってるじゃないですか。

 

人の気持ちを考えても、本当にわかることなんてきっとないんだけど、

でも、その心持ちを持って生活していないと、

0%理解の行動になってしまうリスクがある。

「100%理解しましょう」じゃなくて、

「30%でも、40%でも、少しでも多くなるよう努力しましょう」

っていう、教訓なんだと思う。

 

 

あんまり、

「なんだアイツはサリーのことをわかってくれないんだ(TOT)」

なんて、思わないようにしよう。

無理ゲーなのだ、そもそも。

そんな期待は。(TOT)