優等生っていう劣等感。
サリーは、小中学校までは、成績がよかった。
作文は、いつも区で入選していたし、
理科の実験をまとめたレポートも、
書き初め大会も、いつも賞をもらっていた。
合唱コンクールでは、伴奏者としてクラスの練習を仕切り、
学級委員として、先生からも好かれていた。
そんなわたしは、いつも劣等感を抱えていた。
同級生から、人気を得るために必要なことは、そういうことではなかった。
小学校の高学年の頃、いちばん仲の良い女の子がいた。
けいちゃんといった。
けいちゃんは、いつも変顔をしてみんなを笑わせ、
友達思いで、豪快で、成績は悪く、運動神経がよくて、
クラスで一番の人気者だった。
対して私は、ザ・A型と言わんばかりに神経質で細かく、
勉強はできても足が遅くて、
変顔なんて恥ずかしくてできなくて、
自分のことを、つまらない人間だと思っていた。
けいちゃんには、友達がいっぱいいた。
私は、けいちゃんと家も近く、いつも一緒に遊んでいたけれど、
「一番の仲良し」のポジションでいられているかは、いつも不安だった。
けいちゃんは、さっぱりとしていて、誰にも執着がなさそうだった。
社会科見学等の、バスの席決めの時は、
けいちゃんがとられてしまいやしないかと、いつも不安でいっぱいだった。
私は、けいちゃんの隣を死守するべく、通学路が一緒である利を活かし、
決して必死さを見せないような声色で、早々と約束を取り付けた。
けいちゃんは、誰でもよさそうだった。だから、すぐにOKをもらえた。
その後、何人もの女の子が、「けいちゃん隣の席になろう」と誘っているのを見かけては、
胸をなでおろし、少しの優越感を感じた。
その後、学年が変わるにつれて、
けいちゃんの周りには、けいちゃんと似たタイプの子たちが増えてきた。
変顔が好きで、豪快で、成績が悪い子たち。
私はそのコミュニティに居ながら、いつも劣等感を感じていた。
むりやり変顔して、自分も同じ種類でいるよう装った。
私はそうして、中学まで、
いつも誰かを羨み、自分に自信が持てずに、
縮こまって、心地わるく過ごしていた。
高校生になってからは、けいちゃんも含めて、まったく会わなくなってしまった。
月日は過ぎ、中学を卒業してから13年後。
久しぶりに、同窓会が行われた。
小中一緒だった地元の子達が、30人ほど集まった。
お酒も進んだころ、何人かの女の子と話した。
当時、羨ましかった、
ちょっと成績が悪くて、みんなに好かれていた女の子たち。
すると、口々に言われた。
「さっちゃんは、なんでもできて羨ましかった」
「さっちゃんには、何をしても敵わなかった」
当時、
勉強ができることなんて、なんならダサいことだと思っていた。
友達に好かれるには、すこし成績が悪いくらいのほうが、
とっつきやすくて、いいんだと思っていた。
でも、29歳になって、私が当時劣等感を感じていた子たちから、そう言われたときに、
ああ、あながちお世辞じゃなくて、
ほんとうに思っていたことを、言ってくれているかもしれないと思った。
あの、小さい小さい、学校という世界で。
あのころの私たちにとっては、あれがすべて、そんな世界で。
大人たちが求めるのは、勉強すること。
賞をもらったり、注目を浴びるのは、成績がいい子ども。
いくら、斜に構えていても、
みんなにとって、そういう存在は、羨ましかったのかもしれない。
アテンションを得るということを、求めていたのかもしれない。
それぞれに、劣等感を、持っていたのかもしれない。
私は、みんなが羨ましかった。
学校って、そういうところなのかもしれないな。
誰かから、認められることに必死で。
褒められたくて。
どう思われているかに怯えて。
自分に対しての、理想も強くて。
ふむ。
いつか子どもが生まれたら、活かそう。この教訓を。