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サリーのきもち。

29歳独女サラリーマンの、日々のうんぬん。

清水富美加騒動から考える、人のキャパシティ問題。

清水富美加騒動について考える。

 

清水富美加さん、盛り上がってますね。

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月給5万円がうんたらとか、

人肉食べる仕事がつらいとか、

ありますが。

 

最近、よく思うのです、

ほんとうに、人のキャパシティって、

個人差がある。

 

 

キャパってなんだ。

ここでいう「キャパシティ」は、

許容できるもの(内野)と

許容できないもの(外野)の

範囲、境目、を指す。

 

内野の大きさ、

外野の大きさ、

内野の場所、

外野の場所、

 

ほんとうに、人それぞれだ。

 

彼女のように、宗教のような信条が関わることもある。

スキルが関わることもある。

感受性が関わることもある。

体力が関わることもある。

 

 

職場で、うつの人が出てしまったとき。

その人は、キャパオーバーになって、そうなってしまうことが多いけど、

その「キャパ」は、必ずしも体力的なことだけではない。

 

精神的なことだった場合、

その人にとっては「外野」でも、

多くの人にとっての「外野」に位置するものだとは限らない。

 

丁寧に紐解かないと、まったくわからないことだ。

紐解いたって、理解はできないかも。

 

 

「自分のキャパ」をものさしにした発言

清水富美加さんを、擁護するわけではないけれど、

月給に対して「若い時はそんなもんだ」とか、

人肉を食べることに対して「駆け出しの頃は仕事なんて選べないんだ」とか、

そういう論調だけは、「ん?」と思う。

 

月給に満足いかなければ、

仕事の内容がほんとうに嫌なのなら、

やめるのは本人の自由である。

(※今回は、辞め方、が悪い、のはそうなのかもしれないが。)

 

 

 

キャパの「外野」と「甘え」について

難しいのは、

人が「外野」として扱っていることに対し、

「それはおまえの甘えだ」と判断すること。

 

甘え。

これは、便利なことばだ。

いい使い方をすれば、人を鼓舞して次のステージまで連れていくこともできるし、

使い方を間違えると、人を崖っぷちまで追い込むこともできる。

 

きっと、すごく慎重に使わなければならないことばだ。

自分のキャパをものさしにした上で、使ってはいけないことばだし、

相手がただの「構ってちゃん」の場合は、バッサリ言ってやった方がいい時もあるだろう。

 

ひとつ言えるのは、

当人から遠い人が、軽々しく使ってはいけない、ということ。

事情をよく知り、当人への愛がある人が、

はじめて、使うことができることばな気がする。

 

そうじゃない人が言ったって、

傷つけることすらあれど、当人の心には、到底届かないから。

 

 

***

 

キャパ問題。

最近、職場ですごくよく思うのだ。

人によって、内野の位置も量もほんとうに違う。

あまりに違うので、キャパオーバーに気付くことは難しい。

さぼらずに対話を繰り返すほかない。

人間生活は、面倒なものである。