ファッションに、全人類が興味を持って、全人類がオシャレを目指さなきゃならないの?んなことないよ。
いつだったか、ダイニングバーに行ったときのこと。
カウンターのみの、小さなその店に、その日、私は初めて入った。
店は常連さんでいっぱいで、
ひとつだけ空いていた席に、みんなが私を温かく迎え入れてくれた。
常連さんと、マスターと、他愛もない話をしていると、
そこに居たひとりの男の子に、話題の的が、当たった。
男の子、というのは失礼か。
確か、22~23歳だったと思う。
メガネをかけていて、無難な短髪に、無難なスーツの、小柄な子。
一人で来ていた。よく来るという。
人見知り、というわけでもないけど、
自分のペースの中で、穏やかに時間が流れているような子だった。
読書好きそう。派手なパーティには興味がなさそう。
そんな感じ。
彼を囲んだ常連さんたちは、彼(トクちゃんと呼ばれていた)に、
「もっとファッションに興味を持て」と言い始めた。
「トクちゃんさ、まずメガネやめてみなよ」
「そうだよ!絶対印象変わるよ!」
「それでさー、松田翔太みたいな髪型にしてー」
「もういっそ一回くらい横剃ってみるとかね。キンパとかさ」
「絶対カッコよくなるよ。まずさ、今週美容院行きなよ、オレ検索するよいいサロン」
「代官山でしょ、やっぱ。」
彼は、ずっと、戸惑った無表情を浮かべていた。
「えー・・・」
「うーん・・・」
後から聞いた話、彼はお店にはよく来るものの、
こんなに周りにフォーカスされたのは、初めてだったらしい。
私は、ちょっと可哀相だなと思って見ていた。
私はファッションが大好きだ。
だいぶ、派手な服も着る。髪の色も、本日時点で紫だし。
でも、「ファッションを楽しむこと」を、人に押し付けたりはしない。
自己の表現手法は、人によって違うし。
無難な服を着て、人から注目を浴びないでいることで、
穏やかで安心した気持ちになれるなら、それでいいんじゃないかとも思う。
「普通」がほめ言葉で、安心で、
「おしゃれ」な服は怖くて面倒で選べない人は、いっぱいいる。
確かに、若いうちに色々とチャレンジすることは、賛成する。
今のうちに、色々試して、失敗して、発見して、、、ってすることは、
すごくいいことだと思う。
見かけを思いきって変えることで、
周囲の環境が、変わることもあると思う。
自分に自信も、湧くかもしれない。
でもなんにしたって、それは本人が選ぶことだ。
彼は、決してダサくはなかった。
もちろん、不潔なわけでもない。
誰のことも、不快にはしていないはずだ。
「絶対そのほうがいい」
「変えるべきだ」
なんて、
どうして言えるのかな?
自分が必要とも思っていないことを、
理由の説明もなく、さもそうしないと、悪いような言い方をされたら、
居心地がわるいだろうなぁと思った。
「さっちゃんもそう思うでしょ?メガネない方がいいよね」
ふと、常連のひとりにそう振られた。
少し、言葉に詰まった。
「うーん。。。どうだろう、試してみるのはいいかもね。
誰しもおしゃれにならなきゃならないわけは、絶対にないけど、
いろんなことに、今のうちに、たくさんチャレンジしてみるってことは、
トクちゃんにとって、いいことだとは思う」
と、言った。
「だよねー!」とハモったあと、
絶対祭りは引き続き続いた。
その後、お店には行ったけれど、そこにいた人たちには誰にも会っていない。
トクちゃんはメガネをやめたのかなぁ。